4. ウロボロス

今回もだが、
経緯というか、いっときは過去に調べたこと(補足も加えて)をつらつら
書いていくことになる。このブログのテーマは人の意識の探求を
テーマにしているが、遠回りをしながら書いていくと思う。

前回、相互作用やシナジーについて書いた。
この頃は、相互作用やシナジーという言葉に取りつかれていたので
何かないか考えてた。

そういえば、過去に読んでた漫画にウロボロスってあったな。
まだ社会人なりたての時に読んでた漫画で
男女が重なり合ってて、それをウロボロスって比喩してた
コマがあった。すごくうろ覚えだったが、たしかに
男女が対になって重なり合ってて、これも相互作用じゃん
と、その当時は思った。(下品な話ですまない。もっといい出会い方は
無かったのだろうか。(笑)

そもそもウロボロスって何だろうってところからだったので
とりあえず調べてみた。

ウロボロスとは
2匹の竜や蛇が互いの尾を噛み合うことによって
円環を結んでいる下記のような絵のことを言うらしい。

ウロボロスという名前は
ギリシア語の”尾”を意味するoura(ウーラ)と
ギリシア語の”大食い”、”貪食”のことを意味するboros(ボロス)
という単語が合わさってできたものらしい。

上記では2体が互いに尻尾も噛み合っているものを紹介したが
1体が自分の尻尾に嚙みついてるものもある。

これらはどういう象徴かというと

【ウロボロスが1体の場合】

“蛇は、脱皮して大きく成長するさまや、強い生命力などから、
「死と再生」「不老不死」などの象徴とされる。
蛇が尾を噛むことにより、始まりも終わりも無い完全なもの
としての象徴的意味を表している。
他に「循環性(永劫回帰)」「永続性(永遠・円運動・死と再生
・破壊と創造)」「始原性(宇宙の根源)」「無限性(不老不死)」
「完全性(全知全能)」などの意味もある。”

【ウロボロスが2体の場合】

“宇宙を司る二つの力としての陰と陽、光と影、天と地、物質と精神と
いった、相反する二つの力の表裏一体となった均衡関係と依存関係、
二元論的世界観が強く前面に押し出されている絵と考えられている。
片方の存在は、常にもう一方の存在を前提とすることによって成り立
っていて、一方の勢力が強くなれば、それに呼応して他方の勢力も強
くなっていく関係を書いたものとされている。”

ウロボロスの起源は紀元前1600年ごろの古代エジプト文明に
さかのぼる。エジプト神話で太陽神ラーの夜の航海を守護する神、
メヘンがこれに当たる。ラーの航海を邪魔するアペプというものから
ラーを守るために、メヘンが体全体で囲っているのが、原形らしい。
これが古代ギリシアに伝わってウロボロスと名前が付けられたみたいだ。

正直、調べてもあまり理解できなかった。(笑

ただ、”3.相互作用”で紹介した陰陽太極図に似ていると思った。

例えば、1体のウロボロスの絵で紹介した
循環性や始原性(宇宙の根源)だが、これらが共通していると思う。
陰陽太極図は時計回りにくるくる回ることでエネルギー
を放出している…と以前、書いた。これは循環性に当たると思う。
あと、陰陽太極図は宇宙万物の根源を表した図…というところも
共通している箇所だと思う。

2体のウロボロスの絵だと”相反する二つの力が表裏一体となった
均衡関係と依存関係”というところだ。
前回書いたように陰陽太極図の白と黒は、対になっていて
相反するものを表している。その相反するものが調和、釣り合う
ことによって、エネルギーが生成されるという。

ここが共通点だ。

あと注目したいところが、上記で書いた”物質と精神”だ。
東洋の考えで、肉体(物質)と精神の調和はエネルギーを生
むというものがある。
そのエネルギーとは、いわゆる”気”だ。
気は陰と陽に分かれていて、この二つのバランスで
成り立っている。

陰と陽は、
・陰のエネルギー→魂:精神の核。意識や想いの源。
・陽のエネルギー→魄:肉体の核。生命の働きを支える器。
と、どこかのサイトで定義があった。

例えば、気が重いときは陰のエネルギーが過剰になっていて
気が散るときは陽のエネルギーが過剰になっていたりするらしい。
簡単に書きすぎたが、このように東洋思想で”気”は”心の状態”と表され
ている。

そんで、

ウロボロスはというと、錬金術と深く関りがある。
錬金術は卑金属を貴金属に変えるものとして有名(?)だ。
ちなみに鋼の錬金術師は小さいころにアニメをよく見てた。(笑

錬金術ではウロボロスは物質の循環と精錬のプロセスを象徴していた
とされている。
錬金術は上記のような物質の変換だけでなく、
この現象を人に適用することで、人間の精神的な完成を
目指していたという。
例えば、高慢さを謙虚さに、卑しいを貴いに、
臆病を勇気に…に変えたりすることらしい。
もう一点、錬金術でウロボロスは相反するものの統一を象徴するもの
として用いられたという。これは肉体と精神も該当すると思われる。

東洋の”気”は心の状態を表そうとしていて
錬金術では心及び精神を変容させようとしている。

目的は違うが、人の精神及び心に何かしらの形で
アプローチしようする意図は同じなように見えた。

こうやって調べていった中で思ったことは
人のもつ”心”とは
精神と肉体の間に生まれたり、発生したりする実態の無い
“現象”なのでは?と自分は思った。

とりあえず今回は
ここまでにするか。

続く…

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